普通に商売するだけでも「立派な社会貢献」だと思う件

気が向いたのでちょろっと書きます。
酔っぱらって深夜に書いてますので、たぶん翌朝みたら恥ずかしくなると思いますけど。

「営利企業による社会貢献」を見ていて、いいことなんだけど、でも自分でリスクを取って商売をやる=それ自体だって社会貢献ではないか、とも思うのです。あくまで個人的な感覚で、押しつけるつもりはありませんけど。こういうことを言うと人でなし扱いされるだろうか。。でも言います。

ミツバチは自らの「生」を生き、世の役に立つ

ミツバチは花の間を飛び回って、彼らの繁殖を助ける。
誰に頼まれたわけでもなく、ミツバチ自身のためです。
でも花のためでもあり、自然の大きなサイクルの一部でもあります。

ミツバチが外敵に襲われても、飢えても、誰も助けてくれません。
どこに花があるか、どこに敵がいるか、誰も教えてくれません。
ミツバチは自分で乗り越えるし、死んでしまうこともあります。

そうやってミツバチは、ただただ花の間を飛び回っています。
だから世の中に花が咲いているわけです。

商売人もミツバチと同じ。自らの商売で世の役に立つ

商売人だってそうじゃないですか。

結局のところは孤独です。誰も助けてくれない。自分のためにやっている。でも、それが世の中のためになる。

世の中のためになっていても、全ては自分の責任。お客から感謝されて喜びつつ、ご飯を食べるために頑張る。自分で考えてリスクを取る。市場に受け入れられなかったら、淘汰されるだけ。そんな感じで毎日バタバタしながら花を咲かせる。

江戸時代の商人も同じ。商売の結果、世の役に立つ

江戸時代の商人、紀伊国屋文左衛門は紀州でミカンが豊作だった年に、大嵐の中、いち早く江戸にミカンを運びました。もちろん自分のためです。ミツバチと同じ。でも江戸の市民は彼をヒーローと称えた。
※ちなみに、現代ではネットショップをしておられますw ナイスネーミングです。

本業を頑張ることが、商人としての真の社会貢献

だから、社会貢献も立派ですけど、お客さんを喜ばせて儲ける。商人の本分を貫くことがまず一番ではないでしょうか。

ミツバチは、より良いミツバチを目指せばいいんです。会社によって出来ること出来ないことはあるけど、自分の立ち位置で出来る、より良いサービスを追求していけばいいはず。大体、商人が儲けられなかったら、周りに迷惑掛けるじゃないですか。ちゃんと自立(&自律)してるからこそ商人です。

経営している方へ

まあ何が言いたかったかというと、リスクを取って独立経営をしている人は、わざわざ別口で社会貢献せずとも「既に」立派なことをされているんだと思います。お客さん達から届く声やレビューがその証です。

ということで、本業で頑張れば、それが商人としての真の社会貢献じゃないかと。その報酬は名誉でなく売上なので、謙虚に受け取って、再投資してもっと頑張る。派手な名誉は頂かず、陰ながら世の中を良くしていく。それが商人の本分じゃないかなと。そんな事を考えました。

勿論、いわゆるエシカル消費などは商売と公共性を融合させるのは、すごく大切だと思います。特に大切なのは、公共性と「そろばん」を両立させている点じゃないかなと。それは「無理のない継続」をもたらすからです。

私は、自分の「そろばんを成立できる範囲」を広げていきたい。その範囲がいくらか大きくなれば、今より公共性も入れやすくなるはず。でもそのためにも、まずは自分の器を広げていかないとなと思います。

カテゴリー: 坂本からお知らせ

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